1968年創業北海道ドラム工業㈱設立
1968.09
小樽市堺町にて北海道ドラム工業㈱設立。同年、帯広営業所開設。
セイカンの歩みは、 セイカンの歩みは、 ただ過去を積み重ねたものではありません。 ただ過去を積み重ねたものではありません。
農業の現場に真摯に寄り添い、課題に向き合い、 農業の現場に真摯に寄り添い、課題に向き合い、 生産者や農協と共に乗り越える中で 生産者や農協と共に乗り越える中で 培われた知恵と信頼は、 培われた知恵と信頼は、 世代を超えて受け継がれるセイカンのDNAとなり、 世代を超えて受け継がれるセイカンのDNAとなり、 今この瞬間にも脈々と息づいています。 今この瞬間にも脈々と息づいています。
セイカンDNAは、 セイカンDNAは、 歴史を知り、文化を見つめ、未来へ繋ぐための道標。 歴史を知り、文化を見つめ、未来へ繋ぐための道標。 セイカンのDNAを胸に、 セイカンのDNAを胸に、 私たちはこれからも成長し続けます。 私たちはこれからも成長し続けます。
セイカンが長年培ってきた価値観や事業の軌跡を、 セイカンが長年培ってきた価値観や事業の軌跡を、 次の世代へと橋渡しする 次の世代へと橋渡しする
小樽市堺町にて北海道ドラム工業㈱設立。同年、帯広営業所開設。
新規事業が必要でありタンク洗浄作業員ができるドラム缶洗浄を開始。
工場・事務所増築。ドラム缶の受け入れ態勢を強化するため隣接地1千坪を購入。昭和石油の油槽所の下請け管理。
小樽容器工業での3か月間の研修を終え、北海道ドラム工業帯広支店支店長に就任。
北海道ドラム工業㈱から北海道セイカン工業㈱に社名変更。
ホクレンのドラム缶指定工場になり、ホームタンク洗浄車開発。
昭和42年の物流二法の施行によりトラック輸送の利便性が改善。タンクローリーによる燃料輸送が普及しドラム缶の需要が激減。新規事業が必要でありタンク洗浄作業員ができる暖房機修理を開始。
アフターサービス業務の中で新品で不具合が生じたストーブを買い取り、修理したうえで販売。その後、サンデン販売、重松製作所、、リョービ販売(現:京セラインダストリアルツールズ㈱)等と代理店契約を締結し、JAスタンドを経由して暖房機、ストッカー、電動工具などの販売を展開するに至った。
帯広支店に現在の旧社屋を新築。2階事務所、1階には会議室と油汚れを落とす浴槽もある間取り。
サンデン販売のアフターサービスを目的にセイカン工業(株)が出資し、(有)ツカダ熱器サービスを設立。塚田英樹が代表に就任。
十勝農業への貢献を掲げ、JA資材店舗を通じた整備工具や営農資材の販売を開始。
十勝農業試験場の技術指導とマスクメーカー シゲマツの協力を受けて農薬マスクを全国で初めて開発。
牛の暑熱対策としてダクトファンとモーターを使用した国内初の1mキャスター付き換気扇を開発・販売。この製品に必要な換気扇がメーカーになく、鉄工所で枠を製造して開発し、普及に努めた。その後、各メーカーから同様の換気扇の販売に至る。
塚田英樹氏が北海道セイカン工業㈱の社長に就任。
修理対応ができる機械に詳しい職員がいないというJAの困りごとを受け、社員をJA資材店舗に出向し修理(後に販売)をする出向契約を開始。後に他のJAにも展開。
石油燃焼機器商品や部品を販売する会社が修理施工も行うことに対する業界からの反発が強く、メンテナンス部門を帯広熱器センターとして別会社化。
1985年(昭和60年)のプラザ合意後に円高進行を受けて、円高差益を還元するため台湾からの工具輸入を開始。塚田英樹、高橋文雄で台湾に渡りコンプレッサー、ボール盤、万能バイスなどをセイカンブランドとして販売。
不需要期に営農資材を取り纏めして販売することを先駆けて着想。とりまとめ冊子(当時はフライヤー)を制作して販売を開始。
北海道カードシステムを設立。ガソリンスタンドのプリペイドカード発行を目的に北海道カードシステム(現トータル)を設立。
資本金2,000万円とし、帯広支店に商品倉庫を新築。
第1回 セイカン春の展示会を開催。
本社を札幌市白石区米里 1 条 3 丁目 2番 25 号に移転し札幌支店開設。道央圏への資材販売開始。
大型農業機械用給油装置「はやぶさQ」開発。(特許出願/1995年公開)
小樽市塩谷に賃借を目的とし配送センターを建設。
本社を札幌市白石区米里3条2丁目8-20に移転。
温風機ビート育苗システムを開発し、発売開始。
ロシアへの機械販売を開始。
鉄コンテナ価格が高騰。十勝管内のJAからコンテナ輸入によるコスト軽減の要請を受け鉄コンテナ事業に参入。
営農資材とりまとめ冊子を[FARMLAND]に改称。
資本金を24,000,000円とし、帯広支店に修理工場を新築。
農業用鉄コンテナを機種ごとの強度試験を住友金属テクノロジー(株)と開始。
豆乾燥機「豆太郎」を開発。
十勝沖地震発生。セイカンの開発した農業用鉄コンテナが座屈せず信頼を得る。
肥料の移送分配用の容器として開発された底部排出型コンテナPOPを開発。穀物一時貯留用コンテナとして人気を博し、同年、開放型コンテナに関する特許出願。(2005年公開)
メッシュ型コンテナを実用新案出願、同年登録。
道内JA以外の販路開拓開始。電話帳をつかって道内の青果会社をリストアップし飛び込み営業。
斜網地区のJAへのコンテナ推進を開始。
粉・粒体の移送分配システムに関する特許出願。(2006年公開)
折畳型コンテナに関する特許出願。(2007年公開)
肥料配送用コンテナ装置の特許出願。(2007年公開)
アルミ補植器を開発。
豆乾燥機「豆次郎」を開発。
鉄コンテナの管理課題解決のため凸版印刷と共同で金属へのRFID取付試験実施
北海道以外の鉄コンテナ市場を把握するため、全国のターゲットリストを作成。提案書と営農資材カタログを郵送するDM営業を開始。
需要者側から鉄コンテナ初受注。需要者側への推進活動を本格化。
北海道内№1の農機具メーカーというビジョンを掲げる。
知名度の低い北海道外で訪問時に信頼を得るため会社案内を作成。
関東エリアに集中している馬鈴薯加工会社の飛び込み推進を実施。
種子消毒用ミキサー「まぜコン」を開発。
故障後の緊急修理では、営農作業が滞ってしまうため、営農作業時の機械故障を減らすべく燃焼機器の定期メンテナンスを開始。
農業資材販売サイト「FARMLAND]を立ち上げるも取引先からの要請で購買機能を停止。
九州、関東に続き青森県で道外産地推進を実施。地場青果会社から道外現地推進初の成約。
コンテナ式肥料分配器「万寿」を開発。
セイカン春の展示会を「セイカン祭」に名称変更。
肥料コンテナシステム「COEL」を開発。
生産者から段ボール輸入による価格軽減の相談があり、輸入開始。
北海道以外の市場調査を目的として幕張開催のアグロイノベーション初出展。
生薬製造会社と取引開始。生薬原料の国産化のために箱型乾燥機コンテナ、紫蘇収穫機の自社開発に挑む。
ホッパーベース「SPシリーズ」を開発。
植物乾燥装置に関する実用新案出願、同年登録。
九州の市場開拓を再推進。鉄コンテナの利用環境が整いはじめており、推進強化を判断。
アルミコンテナステップを開発。
青森県では他社メーカーが強く、JA大型施設鉄コンテナ案件は見積提出もできなかったが初受注。
役員が担当していた鉄コンテナの営業活動をメンバーに引き継ぐため専門部署 営業2課を新設。道内から引継開始。
キャベツや玉ねぎでの需要を見越し近畿東海エリアの推進を単独実施。わずかな需要はあったが、利用している機種がセイカンの大型ラインナップと適合せず不調。府県用として1200×1000×900サイズを特定する契機となった。
ソーラーパネル事業を開始。
JAからの依頼により旭川営業所をJA美瑛内に開設。
時間がない中での開店だったためバックオフィスは札幌業務課が支援。
本社を現住所(札幌市厚別区厚別東3条3丁目14番35号)に移転。
北海道セイカン工業㈱公式Facebookを開設。
コーポレートサイトをリニューアル。
ブログ投稿も開始。
帯広支店に鉄コンテナ倉庫新築。
北海道セイカン工業㈱公式YouTubeを開設。
セイカンコンテナへの懸念をもたれていたが理事へのプレゼンで払拭し入札参加。九州のJA施設案件の初受注。
日建リース工業との戦略的提携を判断し、他社排除。
鉄コンテナのレンタル事業も開始。
2課として九州青森以外の道外地区も 営業推進開始。
倉庫整理棚「グッドラック」開発。
帯広支店社屋を新築。
加工・業務用野菜生産基盤強化事業の影響により全国各地で玉ねぎ作付けが増加し、鉄コンテナ需要も増加した。府県では玉ねぎの乾燥に課題があったため、鉄コンテナを使った乾燥知見を集約し各地に提案。
九州アグロイノベーションへ出展。
コンテナ特設サイト(現:鉄コンSNAP)を開設。
LEDを用いたジャガイモの緑化防止照明装置を開発。
道東初の農薬散布用ドローンの教習所および整備工場として一般社団法人農林水産航空協会から認定。
北海道とは気候条件が異なる府県の玉ねぎ増産に伴い、乾燥調製用の鉄コンテナを開発。
簡易穀物乾燥機「ダクトルン」を開発。
当時複数あった鉄製コンテナの呼称を統一するために、全国版の農業新聞に「はじめまして鉄コンテナです」の広告を展開。
関西農業資材EXPO、農業ワールド2018に初出展。
理念とビジョンを再定義。
理念 「大地の期待にこたえたい」
ビジョン「農業を代表する会社を創る」
農業を想い動く理念こそが強みであり、他社との差別化と定義。
馬鈴薯輸送用メッシュコンテナ「M-1NL2」を開発。初年度JAに1万基販売。その後ポテトチップスメーカーにも販売し加工馬鈴薯輸送用コンテナのスタンダードに。
50周年を機に社名を「セイカン株式会社」に変更し、VIを変更。
同時に50周年記念サイトを開設。
北海道内にテレビCMを配信。同年、50周年特別サイトを開設。
関西農業ワールド、国際次世代農業EXPOへ出展。
仕入管理とマーケティング強化のため事業戦略室を新設。
パーパス(CIの強化)を制定。
タグラインを再定義と事業目的を制定。
タグライン:農家の喜びに寄り添い、農業に喜びを増やす。
売上補填のため「ファームランド+」を初発行。
セイカン㈱コーポレートサイトの全面リニューアルを実施。
セイカン(株)公式Instagramを開設。
マーケティング独立のため、営業企画室を新設。
コロナ禍でセイカン祭の現地開催が中止。WEBとチラシを活用した新形式スタイルの「チラシでセイカン祭」を開催。
決算前にセイカン決算処分市をWEBのみで開催。
販売サイトへの誘導を視野に、セイカン(株)公式LINE開設。
輸送用メッシュコンテナ「M-1NL2」の玉ねぎ版「M-3NL2」を開発。大手青果会社に販売。
分割式土耕部品リプラウのマーケティングと販売を開始。
部品であるチゼルをブランディングしてSNS含め展開。
セイカン(株)公式LINE 登録者が300名を突破。
積み重ねた歴史が、次の一歩を拓く 積み重ねた歴史が、次の一歩を拓く 継承の架け橋となる人々をご紹介します 継承の架け橋となる人々をご紹介します
“「目の前の困っている人をどうやって助けるか」ということに専念してきただけ。”
“私は勝負には引き分けはないと思ってます。勝つか負けるかしかない。”
“顔を見れば何に悩んでいるのかはわかるし、苦しんでいるのもわかるけど、あえて私は何も言わない”
“ぶれちゃいけないのが、「農業、農家に寄り添う」という信念。それがセイカンの良さ”
“私たちが売っているもの、評価してもらっている思い、会長が会社を立ち上げた時から変わらない信念は「農業の役に立ちたい」という一点”
What is AND SeIKAN ? 🤔
現役社員がセイカンDNAに 現役社員がセイカンDNAに ひとこと加えるサイト。 ひとこと加えるサイト。 セイカンDNAのもう一つの入口。 セイカンDNAのもう一つの入口。