AND セイカン

SEIKAN DNA
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現役社員がセイカンDNAに ひとこと加えるサイト A site where current employees add their words to Seikan DNA
ようこそAND Seikan 😎

What is AND SeIKAN ?

セイカンの歴史やDNAをより深く知り、新たな側面を発見するための"ANDセイカン"記事を読んだ社員たちが「実はこの時こんなこともあったよ」「私はこう思った!」と感想を共有して、それぞれの視点でそこに新たな気づきが重なっていく場所です。セイカンの歴史には、まだ語り尽くされていない物語があります。歴史に、自分なりの「AND」を足しながら、これからの未来を紡ぐヒントを見つけるきっかけに。
ぜひ、気になる記事をのぞいてみてください。

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Pick Up

特に読んで欲しい記事です ☺️

今もなお「農家に寄り添う」セイカンのサービス精神の原点

石油燃焼機器アフターサービス事業:農家に寄り添うセイカンの原点「セイカンらしさ」より

生産技術本部

玉田 智三

必見!この記事! ❤️

7年前に僕がセイカンに入社してサービス課の「アフターサービス」って聞いた時、何か時代遅れのサービス?と実は感じたことを覚えています。
今や商品販売でも事前に行う「ビフォアサービス」、事故や災害でも事前にリスクを回避すべく「予防保全」、人間の病気だって「予防医療」が当たり前の時代に、「燃焼機器が故障してから修理では遅いやろ!」と…
ところが セイカンのサービス業務は決して、ただのアフターサービスではなかったのです。もちろん、生き物が対象の牛舎のボイラーが壊れたら365日・24時間・待ったなしで対応するのは当たり前。でも、そうならないよう「事前の予防策」として「保守契約」による まさに「ビフォアサービス」のしくみができていたのです。
ここに至った経緯はタンク洗浄業務からはじまって、塚田会長はじめセイカンのサービス戦士の先見の目の賜物であろうと感心しました。「電話を待つサービス」ではなく、日常からお客様の石油燃焼機器のチェック・メンテしていくことによって、顧客からの信頼も得られ、経営的な安定性にもつながるまさに一石二鳥のサービス体制だと思います。

Feature

見逃せないエピソード集です 😉

セイカンの始まり!
入社した全員に読んでほしいエピソード3選。

創業期のエピソード。セイカンの軌跡はここから生まれました。日々の業務の心構えにつながります。

セイカンの挑戦する精神を学ぶエピソード3選

常に生産者に寄り添いながら、新しいことに挑戦してきたセイカン。アイデアや行動は、未来のセイカンを作っていきます。

会長ってこんな人だったんだ!英樹会長の素顔を探るエピソード3選

セイカンのDNAを作り上げた会長は、何を大切にしてきたのか。アイデアを実現するために、みんなで協創してきました。

Comment

そこでぶれちゃいけないのが、「農業、農家に寄り添う」という信念

塚田 真敏「固定概念を捨て何事にもチャレンジする」より

札幌業務課

佐藤 靖浩

私も札幌支店に転勤し、当時課長代理のときから20年以上、社長と展示会や営業会議、クレーム対応など様々なことをしてきたことを思い出します。
楽しい時もありましたが、なぜか苦労したことの記憶が蘇ってきます。でも、セイカンは外で戦い、会社はホームみたいな感じで止まることなく突き進んできたのかなと思います。
記事にあるようになんのためのセイカンやセイカンの存在意義はなにかを会社が決断する大きな場面から日々の日常業務にいたるところまで農業に対し、また農家に対しどうなのかが最重要基準だったと思います。
記事を読み進め過去の記憶と繋がり、なんだか答え合わせのように感じました。
当時から相当環境が変わりましたが、変わるところと変えないところを大事に今後も成長していければと思います。

数々の困難を乗り越え、粘り強い営業活動と丁寧なアフターサービスを積み重ね、事業拡大に貢献しました

農業用鉄コンテナ事業:農業への貢献という信念が築いた主力事業「セイカンらしさ」より

財務経理課

川口 双翠

今日では当たり前に存在するコンテナについて、様々な人の想いや努力があり現在のコンテナの姿があると知り、改めて人の繋がりや商品の大切さを感じました。

諦めるってことを知らないからね。これだと思ったらやりきるまでやる。

塚田 英樹「社員からは反対の声。それでも地道に1人で売り続けた」より

札幌営業1課

切石 祥平

コンテナをここまでの知名度に押し上げ、開発当時などにはクレームが頻繁との話を聞き、諦めずに続けてきたことにとても凄いと思います。
私自身も今後新商品提案などしていき、セイカンコンテナの様に知名度を作ってみたいと思います。

農業用鉄コンテナの取り扱いについては、当初、塚田英樹以外の役員陣は反対していました

農業用鉄コンテナ事業:農業への貢献という信念が築いた主力事業「セイカンらしさ」より

生産技術本部

高谷 直亮

「コンテナ販売は会長以外は反対」
「当初会長は道外展開に否定的」
これら「反対」「否定」を乗り越えた先に今のセイカンがある・
自分もセイカンにいる者としてこの不屈の精神をわずかでも心に置いて業務にあたりたい。

農業に役立つ商品を届けるというセイカンの姿勢

農業現場に営農資材を届ける、セイカンの転換点「現場の課題を解決する、セイカンの商品開発」より

旭川営業1課

廣瀬 孝司

会長、社長、副社長がよくセイカンイズムと言っていました。
この言葉がセイカンの良さと思いずっと働いています。
農家さんよりこんな商品があったらいいなと言われるような社員を目指し、今では営農知識も少し付き、頼られる人間になれたかなと思います。
今後もセイカンイズム、農家さんの立場に立ち泥臭い仕事をしながら、農家さんと仲良く発展していけたらと思っています。

「セイカンさんはいつも新しいのを持ってきてくれる」

塚田 英樹「「セイカンなら応えてくれる」農業の課題に向き合い続けて得た信頼」より

サービス課

桜井 剛

書き出しにある「困っている人を助ける」。これが塚田会長の人柄そのものなんだと思います。
困っているひと、農家の為に尽くしてきた成果が今のセイカンなんだと改めて感じました。会長の苦労話しを今までじっくりと聞いたことが無かったので読んでいるうちに涙がこみあげてきましたね。いろんなものを開発したり、コンテナ作ったり、サンデンの営業所がないからセイカンがやっちゃうとか決して楽では無い事に挑戦する会長は行動力がありすぎですよね。
一言では表現できませんけど、そういった会長の苦労、努力があり今のセイカンがあるんですね。
自分がセイカンに入社した頃はすでに捌ききれないくらいの仕事があって、なんて忙しい会社なんだと思ってましたけど、当時から迅速即日対応がセイカンのモットーでしたから。会長の農家の為に尽くすぶれない軸だったんですね。
会長の苦労と努力の積み重ねがあって今私たちが働きやすい環境で仕事できていることに感謝いたします。

新たな挑戦を続けるセイカンの文化は、このときからすでに刻まれていたのです

ドラム缶洗浄業:セイカンの歴史の始まり「現在とのつながり」より

帯広営業1課

山田 寿矢

ビジネスで将来を見越して、所縁のない土地で事業を立ち上げた行動力と決断力、先見の明が現在のセイカンを形作ったのだと記事を読んで初めて知りました。また、人間関係もゼロからのスタートで初志貫徹で地道に忍耐強く、営業活動を行う姿勢は引き継いでいく必要があると感じました。記事から学んだことは、私自身も創業時のような精神を見習い、お客様の需要を理解し、一緒に問題解決をし、時代の移り変わりにも対応出来る様、日々精進したいと思います。

今もなお「農家に寄り添う」セイカンのサービス精神の原点

石油燃焼機器アフターサービス事業:農家に寄り添うセイカンの原点「セイカンらしさ」より

生産技術本部

玉田 智三

7年前に僕がセイカンに入社してサービス課の「アフターサービス」って聞いた時、何か時代遅れのサービス?と実は感じたことを覚えています。
今や商品販売でも事前に行う「ビフォアサービス」、事故や災害でも事前にリスクを回避すべく「予防保全」、人間の病気だって「予防医療」が当たり前の時代に、「燃焼機器が故障してから修理では遅いやろ!」と…
ところが セイカンのサービス業務は決して、ただのアフターサービスではなかったのです。もちろん、生き物が対象の牛舎のボイラーが壊れたら365日・24時間・待ったなしで対応するのは当たり前。でも、そうならないよう「事前の予防策」として「保守契約」による まさに「ビフォアサービス」のしくみができていたのです。
ここに至った経緯はタンク洗浄業務からはじまって、塚田会長はじめセイカンのサービス戦士の先見の目の賜物であろうと感心しました。「電話を待つサービス」ではなく、日常からお客様の石油燃焼機器のチェック・メンテしていくことによって、顧客からの信頼も得られ、経営的な安定性にもつながるまさに一石二鳥のサービス体制だと思います。

「セイカンから買ったらちゃんとやってくれる」っていう信頼関係ですよね。それが対個人に来るようになれば本物だと思うんです。

高橋 文男「原動力は会長の熱意」より

帯広営業1課

渡邊 勇人

自分を売り、占有率を高め、当社で扱っているものをより多くの人に購入してもらう。購入してもらった商品から農家さんと繋がり、アフターサービスを通じて信頼関係を築き上げていく。そして、販売からメンテナンスまで全力で顧客の為に行動する事で、より多くの情報を得る事が出来、より多くの農業課題と向き合うことが出来るという事。
これこそが、セイカンの理念「農業に貢献する」事に対し「強いこだわり」を持ち全力で行動する事なんだと改めて感じました。
頭では理解しているつもりでしたが、この記事を見て言葉にすると、本当に奥深い仕事をさせて頂いているんだと実感しました。

あたりまえだと思ってやっていたから、大変さはあまりわかりませんでした。主人も必死だったけど、私も必死でやってましたね。

塚田 冴子「家庭生活のすべてが仕事だった時代を支えて」より

営業2課

佐々木 慶憲

会長夫妻が50年以上築いてきたとてつもない苦労が今のセイカンを作り上げてきたと思います。20年程前、社員の家族にも感謝を伝えたいと社員の家族全員(奥さん・旦那さん・子供・彼女)を招待して頂き大宴会をやった事が記憶に蘇ります。 私自身も記事内の通り、お正月は家族で会長夫妻のご自宅にお邪魔させて頂きお土産まで頂いた事は何度もあります。 たまたま会長奥さんに町(旧イトーヨーカドー)で出会い、洋服も買って頂いた事もあります。 本当に社員の事を自分の子の様に考えてくれていました。

足繁く通い、粘り強く交渉を続けるうちに、同社の社長から信頼を得て、ようやく仕事を受注します

帯広の地でドラム缶洗浄工場を立ち上げる、ゼロから築いたセイカンの礎「十勝管内のドラム缶洗浄を数年で独占、しかし襲い来る変革の波」より

札幌業務課

垣内 勇人

営業経験がない中でも、泥臭く通い続ける行動力と深い関係を築いていく関係構築力でシェアを拡大させたことはどんな仕事にも通ずる能力であり、営業だけでなくセイカンの全部署が意識しておきたいことだと思いました。

今までやってきたことを、再現性を持って、なおかつもっと力強く成長していくには変化していかなきゃいけない

塚田 博信「再現性を持って、より強く、変化し続ける」より

札幌業務課

垣内 勇人

私が入社する際に一番最初に面接して頂いたのが副社長でした。当時は「50年も続く会社なのに中身はベンチャー企業」と思ってしまうぐらい業界を変えるような新しい取り組みを次々考えているのが印象的で記事を読みながら当時の記憶を思い出してました。セイカンを知れば知るほど、このベンチャーマインドに近いものは会長の時代から変わらず社長へ受け継がれ、それを副社長が言語化してくれて今の私達に浸透しつつあるのだと思います。