事業名
ドラム缶洗浄業
事業内容
セイカン株式会社が北海道ドラム工業として創業したときの主力事業。創業当時(1968年)、石油燃料はドラム缶によって輸送されていました。このドラム缶を継続して利用するためには定期的な洗浄が必要であり、その業務を担っていたのがドラム缶洗浄業です。
事業の経緯
北海道ドラム工業がドラム缶洗浄業を始めた理由は、時代的な背景と創業者の塚田五郎が創業当時に勤めていた小樽容器工業に由来します。小樽容器工業は小樽、釧路、留萌のドラム缶洗浄を担っていました。北海道ドラム工業は十勝のドラム缶洗浄を行うことを狙って、帯広にドラム缶洗浄工場を設立しました。
北海道ドラム工業の帯広工場でドラム缶洗浄業を進めたのは塚田英樹です。塚田英樹は小樽容器工業の釧路工場で2年間事業を経験し、帯広でドラム缶洗浄業を立ち上げます。当初から仕事があったわけではなく、塚田英樹の営業活動により、共同石油のドラム缶を扱っていた株式会社原田のドラム缶洗浄を請け負ったのが最初の大口取引となります。
その後、取引先を日本石油、出光興産、山崎石油へと広げ、数年のうちに十勝管内のドラム缶洗浄業を独占するまでに成長しました。
セイカンらしさ
ドラム缶洗浄業のシェアを拡大できた理由は、塚田英樹の営業活動にあります。創業当時、十勝管内には他にもドラム缶洗浄工場があり、十勝に地盤がなかった北海道ドラム工業は仕事を獲得するためには営業することで関係性を築いていく必要がありました。塚田英樹は営業先に足繁く通い、ときには営業先の社長宅まで尋ねることで、少しずつ人と人との信頼関係を築き、ドラム缶洗浄の仕事を増やしていきました。
現在とのつながり
1973年の第1次オイルショック以降、燃料輸送の形態がドラム缶輸送からタンクローリーによるバルク配送が主流となりました。それにともない、燃料用ドラム缶の需要が激減し、ドラム缶洗浄業の仕事もなくなります。
すでに数名の社員を抱えていた北海道セイカン工業(1971年に北海道ドラム工業から社名変更)は、洗浄技術を活かせるものとしてホームタンクの洗浄を始めます。さらに塚田英樹の発案で、社員の技術と工場を活かせる可能性がある石油燃焼機器のアフターサービスにも乗り出しました。
オイルショックという時代の変遷による逆境のなか、自社ができることを考え続け、新たな挑戦を続けるセイカンの文化は、このときからすでに刻まれていたのです。
北海道ドラム工業株式会社の帯広工場では大量のドラム缶が洗浄されていました。