ホームタンク洗浄業:社員一丸となって生み出した、2つ目の事業
Business
オイルショックの危機を乗り越えた、セイカンの新たな挑戦
1974年、第1次オイルショックの影響でドラム缶洗浄の仕事が激減する中、立ち上がったのがホームタンク洗浄業です。農家に新たに設置されたホームタンクの汚れが機械の不具合につながる、という現場の声をきっかけに、セイカンは社員一丸となってそれまでどこにもなかった専用の洗浄車を独自開発します。ホクレンとの連携により十勝管内の農家に広がり、今も十勝農業に欠かせない事業として定着しています。
テキスト:吉田拓実
事業名
ホームタンク洗浄業
事業内容
ホームタンク洗浄業は、営農に使う暖房用灯油タンクや、トラクター給油用の軽油タンクの洗浄を行う事業です。ホームタンクは水の侵入やゲージの破損、ストレーナーの劣化・汚れ、ゴミの混入などにより次第に汚れてしまいます。こうした汚れは、機械の故障にもつながるため定期的なメンテナンスが必要となります。
セイカンでは独自に開発したホームタンク洗浄車を用いて洗浄業務を実施しています。また、タンクの洗浄だけでなく、ストレーナーやゲージの確認・交換、配管工事などの付帯作業も一貫して対応しています。この事業は北海道十勝管内のみの事業です。
事業の経緯
セイカン株式会社(当時・北海道セイカン工業)がホームタンク洗浄業に乗り出したのは、1974年のことでした。その背景には、1973年の第1次オイルショックがあります。これにより燃料輸送の形態は、ドラム缶からタンクローリーによるバルク輸送へと大きく転換。燃料用ドラム缶の需要は急減し、セイカンが手がけていたドラム缶洗浄の仕事は、わずか3カ月ほどでほぼ消滅してしまいました。
当時、社内には4〜5人の社員が在籍しており、すぐに新たな仕事を見つけなければならない状況に直面します。悩んだ末に塚田英樹が着目したのが、各農家に設置され始めていた燃料用のホームタンクでした。ホームタンクはまだ新しく、「洗浄が必要」という認識は一般的ではありませんでしたが、洗浄せずに使い続けると汚れが溜まり、トラクターなどの農業機械に不具合を引き起こすという情報が塚田のもとに届いていました。ニーズがあると確信した塚田は、ドラム缶洗浄で培った経験を生かし、社員全員で協力しながら独自のホームタンク洗浄車を開発します。
開発には多額の資金が必要で、資金集めには大きな苦労を伴いましたが、社員一丸となってこの挑戦に取り組みました。完成した洗浄車を使って、当初は農家からの直接依頼による洗浄を行っていましたが、ホームタンク自体が新しかったこともあり、仕事量は限られていました。そこで塚田は、ホクレンに営業をかけ、洗浄の重要性を丁寧に説明します。その価値が理解されたことで、ホクレンを通じて十勝管内の農家からの依頼を受けられるようになり、仕事は徐々に拡大していきました。
こうしてホームタンク洗浄業は軌道に乗り、現在では十勝管内のホームタンク洗浄のほとんどをセイカンが担うまでに成長しました。

セイカンらしさ
第1次オイルショックにより主力事業を失うという会社存続の危機の中、ホームタンク洗浄業を立ち上げられたのは、農家の現場に新しく生じたホームタンク洗浄という課題にいち早く気付き、行動に移すことができたからでした。
また、ドラム缶洗浄業で培った技術を応用できたとはいえ、ホームタンク洗浄車を一から作り上げるという新たな挑戦を実現できた背景には、社員の努力と、どんな状況でも諦めない塚田英樹の強い意思がありました。
現在とのつながり
ホームタンク洗浄業は現在も十勝管内をほぼ独占しながら継続している事業です。この取り組みを通じて、セイカンは農家やホクレンといった十勝農業との関係を深めるきっかけを得ました。こうした地域との関係性は、のちの営農資材販売やサービス事業の基盤となっていきます。



このエピソードのDNA
- 主力事業を失う会社存続の危機の中、現場の課題をもとに新しい事業を立ち上げた
- 社員全員が一丸となって新事業の根幹となるホームタンク洗浄車を開発した