会長の決断と本社札幌移転

Story

1992年、札幌本社設立の背景

競合進出で市場環境が厳しさを増す中、塚田英樹はメーカーとの直取引を契機に代理店との対立を覚悟し、道央圏進出を決断。1992年に本社を札幌へ移し営業拠点を兼ねる体制へ転換しました。塚田真敏も自ら先頭に立って新規開拓に奔走し、挑戦の歴史は大きく展開していきました。

テキスト:外山暁子

Index

    競合他社の進出から道央圏への挑戦

    当時、十勝管内はもとより、北見・網走地区で営業推進に取り組んでいました。しかし、やがて競合他社も同地域に進出するようになり、市場環境は厳しさを増していきます。

    本社移転の背景には、あるメーカーとの直取引開始という大きな契機がありました。従来、代理店を通じて仕入れを行っていたメーカーが、会長の粘り強い説得によりセイカンとの直接取引へと切り替わります。その代理店はホクレンや農協との強固な関係を持ち、北海道の農業資材流通に大きな影響力を及ぼしていたため、セイカンとの対立は必然となり、道内市場を巡る臨戦態勢が築かれていきます。

    塚田英樹は状況を冷静に見極め、競合の主戦場である道央圏に自ら挑戦することで、道東圏での競争を優位に運べると判断。札幌への本社移転を決断し、従来は経理機能のみであった小樽市の本社を、営業拠点を兼ねる「本社兼札幌支店」へと改組しました。

    本社移転・札幌支店開設披露宴。
    受付を塚田真敏氏(写真右)、後藤明広氏(写真左)が務めた。

    新規開拓に奔走

    この戦略的判断のもと、移転後の本社には、塚田真敏をはじめ、帯広熱器センターからの社員、代理店からの移籍社員、現地採用者3名、さらに小樽から呼び寄せた経理担当も加わり、7名で新たな布陣が整えられました。4名での営業体制を取り、札幌周辺の道央地域、旭川周辺、苫小牧広域、鵡川、平取などの日高地域と広範囲に及びました。
    塚田真敏は道央と苫小牧広域の追分と早来を担当し、先頭に立って市場開拓に奔走しました。

    セイカンの挑戦の歴史はここからさらに大きく展開していきます。

    本社兼札幌支店としての再出発は、単なる地理的移動ではなく、塚田英樹の胆力と先見性を示す経営史上の大きな一歩となりました。

    このエピソードのDNA

    • 競合を恐れず、主戦場に挑む開拓精神
    • 社長自ら先頭に立つ行動力
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